
昼休みが終わり、ヒロシとエミリーは大学近くのカフェを出て駅へ向かって歩いていた。
改札の前では、会社員が駅員に「すいません」と声をかける。
コンビニでは、客が商品を受け取りながら「すいません」と笑顔で言う。
少し歩くと、自転車を押す人が通行人に「すいません」と道を譲ってもらっていた。
エミリーは、そのたびに足を止めそうになる。
日本へ来たばかりの頃から、ずっと気になっていたことがあった。
「すいません。」
最初は、「日本の人はよく謝るな」と思っていた。
でも、見ているうちに違和感が大きくなった。
(どうして、お店で店員さんに謝るの?)
その疑問は、日本で暮らせば暮らすほど、大きくなっていった。
エミリー:「ねえ、ヒロシ。」
ヒロシ:「ん?」
エミリー:「さっきのコンビニで『すいません』って言ってたよね。」
ヒロシ:「ああ、言ったかも。」
エミリー:「でも、何も悪いことしてなかったよね。」
ヒロシ:「……そう言われると、そうだね。」
エミリー:「日本に来たばかりの頃、お店で『すいません』を聞くたびに、『どうして店員さんに謝るんだろう』って思ってた。」
ヒロシ:「はは、それは考えたことなかった。」
エミリー:「英語なら、ああいうときは『Thank you.』だったり、『Excuse me.』だったり、その場面で言葉を変えるから。」
ヒロシ:「でも、日本語は全部『すいません』になる。」
エミリー:「そう。だから最初は、全部『I'm sorry.』として聞いてた。」
ヒロシ:「それじゃ、日本人が一日中謝ってるみたいに聞こえるね。」
エミリー:「うん。でも、日本語が分かるようになって、『謝っている』というより、『相手のことを気にしている』んだって気づいた。」
ヒロシ:「相手のことを気にしている?」
エミリー:「例えば店員さんを呼ぶときも、『時間をもらってごめんね。』みたいな気持ちが少し入っている気がする。」
ヒロシ:「ああ……『呼びつける』じゃなくて、『手を止めてもらう』って感じか。」
エミリー:「そうそう。その感じ。」
ヒロシ:「言われてみると、『Excuse me』と同じ場面で使うことはあるけど、同じ言葉じゃないんだね。」
エミリー:「うん。同じ場面は多い。でも、見ている方向が少し違うんだと思う。」
解説:「すいません」という言葉について
辞書では、「すいません(すみません)」は Excuse me や I'm sorry と訳されることがよくあります。
もちろん、その訳が間違っているわけではありません。
しかし、日本で生活している外国人の多くが最初に戸惑うのは、「すいません」があまりにも多くの場面で使われることです。
店員を呼ぶ。
前を通る。
軽く謝る。
助けてもらう。
お釣りを受け取る。
どれも「すいません」です。
英語では場面によって Excuse me、Sorry、Thank you などを使い分けるため、「なぜ全部同じ言葉なのだろう」と感じても不思議ではありません。
語構造の分析
「すみません」は、動詞「済む(すむ)」から生まれた言葉です。
「済む」とは、「物事が終わる」「責任が果たされる」「問題が解決する」という意味があります。
もともとは、
「これでは済みません。」
つまり、
「あなたに迷惑をかけたのに、このままでは終われません。」
という気持ちを表す表現でした。
現在では、その意味が広がり、謝罪だけでなく、依頼や感謝にも使われています。
英語訳との構造比較
最も近い英語として紹介されるのは Excuse me です。
たしかに、
・人を呼ぶ
・前を通る
・軽く謝る
という場面ではよく似ています。
しかし、意味の中心は少し違います。
Excuse me は、
「私がこれからする行動を許してください。」
という発想です。
一方、「すいません」は、
「あなたに少し負担をかけます。」
という相手への意識から始まります。
同じ場面で使われても、見ている方向が異なるのです。
近いが異なる英語表現との比較
Excuse me
・人に話しかける
・店員を呼ぶ
・前を通る
・軽く謝る
・聞き返す
・相手の注意を引く
Sorry
謝罪や残念な気持ちを伝える表現です。
「すいません」の謝罪の意味には近いですが、店員を呼ぶときには普通使いません。
Thank you
感謝を表します。
英語では、店員に料理を持ってきてもらったら Thank you. が自然です。
一方、日本語では「すいません」と言う人も少なくありません。
「Excuse me?」という使い方
英語では、
Excuse me?
と語尾を上げることで、
「もう一度言ってもらえますか。」
という聞き返しにもなります。
一方で、強い口調なら、
「今、何と言いましたか?」
「それはどういう意味ですか?」
という驚きや不快感を表すこともあります。
同じ言葉でも、語調によって意味が変わる点は、日本語の「すいません」と共通しています。
ただし、変わる方向は異なります。
英語では「注意を向ける強さ」が変化し、日本語では「相手への配慮や距離感」が変化します。
文化的・社会的意味の翻訳
「すいません」は、謝罪だけの言葉ではありません。
店員を呼ぶときにも、
道を譲ってもらったときにも、
誰かに少し手間をかけてもらったと感じたときにも使われます。
そこには、「相手に負担をかけたことへの気遣い」があります。
一方、英語の Excuse me は、自分がこれから相手に話しかけることや、注意を向けてもらうことを表す言葉です。
似た場面で使われることは多くても、その言葉が表している考え方は同じではありません。
英語→日本語訳の例文
Excuse me, could I order, please?
すみません、注文をお願いします。
Thank you for waiting.
お待ちいただきありがとうございます。
(日本語では「お待たせしてすみません」と表現されることもあります。)
Excuse me?
すみません、もう一度お願いできますか。
「すいません」を英語で説明する
"Sumimasen" is often translated as "Excuse me," but it has a much broader meaning. Japanese people use it not only to get someone's attention or apologize, but also to show consideration for the time, effort, or inconvenience they may have caused another person. Although "Sumimasen" and "Excuse me" are often used in similar situations, they reflect different ways of thinking about relationships and communication.
日本語訳
「すみません」は「Excuse me」と訳されることが多い言葉ですが、それよりも広い意味を持っています。日本人は、人に話しかけたり謝ったりするだけでなく、相手が自分のために使ってくれた時間や労力への配慮を表すためにも使います。「すみません」と「Excuse me」は似た場面で使われることが多い一方で、人との関わり方やコミュニケーションの考え方には違いが表れています。
「すいません」を "Excuse me" と訳せば、間違いではありません。
しかし、それだけでは、この言葉が映し出している文化や価値観までは伝わりません。
翻訳はゴールではありません。
その言葉が映している世界を知るための入口なのです。
JLPTの目安レベル
N5〜N4程度(基本語彙)
日常生活で非常によく使われる基本語ですが、場面によって意味やニュアンスが変化するため、日本語学習者にとっては初級語彙でありながら、文化的な理解も必要となる表現です。
※日本語能力試験(JLPT)では、出題語彙の公式リストは公開されていません。このレベル表示は、実際の試験問題や教材に基づいた目安として記載しています。















