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「正しい英語」なのにネイティブは言わない?その矛盾を3つの視点から考える

夕方の大学のカフェ。ヒロシはスマートフォンで英語学習の動画を見ていました。画面には「その英語、ネイティブは使いません」という文字。少し気になったヒロシは動画を止めます。そして、向かいに座っているエミリーを見ました。考えてみれば、こういうときヒロシには、直接聞ける相手がいます。ヒロシはスマートフォンをエミリーのほうへ向けました。


ヒロシ:エミリー、ちょっとこれ見て。「その英語、ネイティブは使いません」だって。これ、本当?

エミリー:うーん、その表現ね。私はあまり使わないかな。

ヒロシ:やっぱり。じゃあ、この動画の言ってることは正しいんだ。

エミリー:どうして?

ヒロシ:だってエミリー、ネイティブだろ? エミリーが使わないなら、やっぱりネイティブは使わないってことじゃないの?

エミリー:私は英語のネイティブスピーカーの一人だよ。ネイティブスピーカー全員じゃないよ。

ヒロシ:まあ、それはそうだけど。でも俺、こういう動画を見て「本当かな?」と思ったら、エミリーに聞けば分かると思ってた。

エミリー:もちろん聞いてくれていいよ。「エミリーならどう言う?」なら、私の感覚を答えられるから。

ヒロシ:でも、「ネイティブならどう言う?」だと違う?

エミリー:少し違うと思う。

ヒロシ:そうなの?

エミリー:じゃあ逆に聞くけど、ヒロシは「ネイティブ」って聞いたら、どんな人を想像する?

ヒロシ:そりゃ、まずエミリーだよ。アメリカで生まれ育って、英語を母語として話してるんだから。

エミリー:じゃあ、ヒロシにとって「英語ネイティブ」って私みたいな人?

ヒロシ:うーん、エミリーだけってわけじゃないけど……英語を自然にペラペラ話して、発音もきれいで、今の英語を知っていて……。

エミリー:ちょっと待って。今、いろいろ増えたよ。

ヒロシ:え?

エミリー:最初は「アメリカで育って、英語を母語として話している私」だったでしょう? でも今は、「発音がきれい」「自然な英語を話す」「今の英語を知っている」まで入った。

ヒロシ:あ……確かに。

エミリー:それって全部、ネイティブスピーカーなら自動的についてくるものなのかな?

ヒロシ:いや、待てよ。俺だって日本語ネイティブだけど、日本語のことを何でも知ってるわけじゃないな。

エミリー:私だって英語のことを何でも知っているわけじゃないよ。

ヒロシ:でも、英語のことなら俺よりエミリーのほうがずっと分かるだろ。

エミリー:もちろん、自分が普段使っている英語についてなら、ヒロシより分かることはたくさんあると思う。でも、私が「私は言わない」と言ったことを、「英語ネイティブは言わない」にしていいかは別でしょう?

ヒロシ:そうか。エミリーはミネソタ出身の21歳の大学生だもんな。

エミリー:そう。地域も世代も違えば、話し方が違うことはあるし、同じ人でも友達と話すときと大学の先生にメールを書くときでは違うよね。

ヒロシ:俺、エミリーに聞けば「ネイティブの正解」が分かると思ってたのかもしれない。

エミリー:でも、それは私も気をつけないといけないかも。

ヒロシ:エミリーも?

エミリー:日本語について分からないことがあると、私もヒロシに聞くでしょう? そのとき、ヒロシが「俺ならこう言う」と答えたものを、「日本人はこう言う」にしてしまったら同じだもの。

ヒロシ:ああ。俺は日本語ネイティブだけど、日本人全員の日本語を代表してるわけじゃない。

エミリー:私も英語ネイティブだけど、英語を話す人全員の代表じゃない。

ヒロシ:じゃあさ、学校で習う英語はどうなるんだ? それだって誰か一人の英語じゃないだろ?

エミリー:そこは「ネイティブ」と「スタンダード」を分けて考えたほうがいいと思う。

ヒロシ:ネイティブとスタンダード?

エミリー:ネイティブは「誰がその言語を母語として身につけたか」という話。スタンダードは「社会や教育の中で、どんな言葉を共通の基準として扱うか」という話。似ているように見えるけど、違うものを見ているよね。

ヒロシ:なるほど。ネイティブは「人」の話で、スタンダードは「言葉の基準」の話なのか。

エミリー:そう。それに学習者にはスタンダードが必要だと思う。

ヒロシ:必要?

エミリー:だって、英語を習い始めた人に、アメリカやイギリスの地域差、世代差、くだけた言い方、流行の表現まで全部一度に教えたら、何を基準に覚えればいいのか分からなくなるでしょう?

ヒロシ:確かにな。まず土台が必要なのか。

エミリー:日本語だってそうじゃない? 私も最初は、広く通じる標準的な日本語を習ったよ。

ヒロシ:例えば?

エミリー:「私は昨日、友人と映画を見に行きました」とか。

ヒロシ:普通に正しい日本語だな。

エミリー:でもヒロシがサークルの友達に昨日の話をするとき、そう言う?

ヒロシ:いや、「昨日、友達と映画見に行ったんだ」とかかな。

エミリー:じゃあ、「日本人は『私は昨日、友人と映画を見に行きました』なんて言いません」って私に教える?

ヒロシ:いや、それはおかしい。その日本語は間違ってないし、そう言う場面だってある。ただ、俺が友達と話すときには、あまりそう言わないってだけで……あ。

エミリー:気づいた?

ヒロシ:「俺はこの場面ではあまり言わない」と「日本語ネイティブは言わない」は、全然違うな。

エミリー:英語でも同じことはあると思うよ。

ヒロシ:でもさ、学校で習ったスタンダードな英語そのものが、今ではあまり使われなくなってることもあるんじゃない?

エミリー:それはあるでしょうね。言葉は変わるから。昔はよく使われた表現の頻度が下がったり、新しい言い方が広がったりすることはあるよね。

ヒロシ:ということは、スタンダードだってずっと同じじゃないのか。

エミリー:そう。教育にはある程度安定した基準が必要だけど、実際に人が使っている言葉は動き続けている。その二つがいつでも完全に一致するとは限らないと思う。

ヒロシ:じゃあ、「学校で習ったから今でも一番普通の言い方だ」と決めつけるのも違う。でも、「今あまり聞かないから、その英語は間違いだった」とするのも違う。

エミリー:そういうこと。

ヒロシ:なるほどな。「ネイティブ」「スタンダード」「今、実際によく使われている英語」。これを全部一緒にしちゃいけないんだ。

エミリー:うん。でも、だからといってスタンダードを学ばなくていい、にはならないよ。

ヒロシ:むしろ、まずスタンダードを覚える?

エミリー:私はそう思う。最初に共通の土台があるから、そのあとで「友達にはこう言う」「この表現は少しフォーマル」「最近はこちらをよく聞く」って違いを重ねていけるんじゃないかな。

ヒロシ:なるほど。スタンダードを捨ててネイティブ英語に乗り換えるんじゃないのか。

エミリー:うん。スタンダードという土台の上に、実際の英語を増やしていく感じかな。

ヒロシ:それならちょっと安心するな。「ネイティブは使わない」って聞くたびに、今まで覚えた英語を消さなくていいんだ。

エミリー:本当に間違っていたら直せばいい。でも、間違いじゃないなら、「どんな場面で使うか」という情報を足せばいいでしょう?

ヒロシ:じゃあ、こういう動画にも意味はあるんだな。

エミリー:もちろん。「今はこの言い方のほうがよく聞かれる」とか、「これは少し古く聞こえる」とか、そういう情報はすごく役に立つと思う。

ヒロシ:ただ、「間違っている」のか、「正しいけど今はあまり使わない」のか、「フォーマルなのか」「この場面ではあまり言わないのか」は分けて考えたほうがいい。

エミリー:うん。

ヒロシ:これからこういう動画を見たら、やっぱりエミリーに聞くよ。

エミリー:どうぞ。

ヒロシ:「ネイティブはこれ使わないって。本当?」

エミリー:またその聞き方?

ヒロシ:あ、そうだった。「エミリーなら、この場面でどう言う?」

エミリー:それなら答えられる。

ヒロシ:それから、「これは間違い? それとも今はあまり使わないだけ?」って聞く。

エミリー:質問が増えたね。

ヒロシ:でも、そのほうが英語が○か×かだけじゃなくなるだろ。

エミリー:私も日本語についてヒロシに聞くとき、「日本人はどう言う?」じゃなくて、まず「ヒロシならどう言う?」って聞くようにする。

ヒロシ:俺たち、お互いネイティブだけど、お互いの言語の代表じゃないんだな。

エミリー:うん。でも、それぞれの窓から何が見えているかは、お互いに話せるよ。

ヒロシはもう一度、スマートフォンの画面を見ました。「その英語、ネイティブは使いません」。同じ言葉なのに、今度は少し違って見えます。「ネイティブ」という一人の人物がいるのではない。その向こうには、地域も世代も生活も違う、たくさんの人がいます。そして学習者が最初に立つ「スタンダード」という足場と、その先に広がる実際の英語。そのどちらかを選ぶのではなく、両方を見ることが、英語を知るということなのかもしれません。

解説:「ネイティブ」と「スタンダード」という言葉について

英語学習では、「ネイティブ」という言葉が頻繁に使われます。

「ネイティブの発音」「ネイティブらしい英語」「ネイティブが実際に使う表現」などと言われると、「ネイティブ」は単なる母語話者ではなく、自然で正しく、現在の英語を知っている理想的な話者のように感じられることがあります。

しかし、ここではまず native と standard を分けて考える必要があります。

簡潔に言えば、

native は、主として「話者と言語との関係」の問題です。

standard は、主として「社会的に共有される言語の基準」の問題です。

この二つは関係していますが、同じものではありません。

英語の母語話者だからといって、常に標準的な表現だけを使うわけではありません。地域的な表現、くだけた言い方、世代によって好まれる言葉なども使われます。

反対に、英語を母語としない人でも、標準的な英語を非常に高いレベルで身につけることはできます。

したがって、

native speaker = Standard Englishを常に話す人

ではありません。

語構造の分析:「native」と「standard」は何を表すのか

native はラテン語の nativus にさかのぼり、「生まれによる」「生来の」といった意味につながります。言語について native speaker と言う場合、その言語を幼少期から第一言語として身につけてきた話者を表すために使われます。

一方、standard は「基準」「標準」を意味します。言語について使われる場合には、教育、公的な文章、広い範囲でのコミュニケーションなどにおいて社会的に共有される言語形式を指します。

つまり、

native → 誰がその言語を身につけているのか

standard → どのような言語形式を基準として扱うのか

という違いがあります。

「ネイティブ」と「スタンダード」を同じものとして考えると、「母語話者が使う表現はすべて標準である」「標準的な表現なら母語話者が日常会話でも必ず使う」といった誤解につながることがあります。

日本の英語学習者は「ネイティブ」をどの窓から見ているのか

日本で英語を学ぶ場合、英語圏のさまざまな母語話者の日常生活を直接観察しながら英語を身につける人ばかりではありません。

学校、教科書、英会話教材、映画やドラマ、英会話スクール、SNS、動画など、さまざまな「窓」を通して英語に触れます。

その中で「ネイティブ」という言葉に、

「自然な英語を話す人」
「発音のお手本になる人」
「教科書ではなく、本当に使われている英語を知っている人」

というイメージが重なることがあります。

もちろん、すべての日本人英語学習者が同じように考えているわけではありません。

しかし、「ネイティブはこう言う」「ネイティブはそんな英語を使わない」という言葉が強い説得力を持つ背景には、**日本の英語学習という窓を通して作られた「ネイティブ像」**が影響している場合があります。

ヒロシの場合、その「ネイティブ」という言葉から真っ先に思い浮かぶのは、友人のエミリーでした。

ところが話していくうちに、ヒロシは実在するエミリーの上に、「自然な英語を話す」「現在の英語を知っている」「英語について正しい判断ができる」といった別のイメージまで重ねていたことに気づきます。

ここに、「実在する一人の母語話者」と「学習者が思い描くネイティブ像」の違いがあります。

一人のネイティブに聞くことには大きな価値がある

一人の母語話者に尋ねることは、決して無意味ではありません。

今回のヒロシには、英語について疑問を感じたとき、エミリーに直接聞けるという恵まれた環境があります。

例えばエミリーが、

I wouldn't normally say it that way.
「私は普通、そういう言い方はしないかな。」

と言えば、それは非常に有益な情報です。

また、

That sounds a little formal to me.
「私には少しフォーマルに聞こえる。」

という感覚も、実際の母語話者から得られる貴重な情報です。

しかし、

「エミリーはそう感じる」

と、

「英語のネイティブスピーカーはそう感じる」

は同じではありません。

エミリーは、ミネソタで育った21歳の一人の英語母語話者です。その感覚には大きな価値がありますが、それだけで地域、世代、社会的背景の異なる母語話者全体を代表することはできません。

同じことはヒロシにも当てはまります。

ヒロシが日本語について「俺ならこう言う」と答えることには価値があります。しかし、それをそのまま「日本人はこう言う」に広げることはできません。

一人の母語話者は、その言語を見るための貴重な一つの窓です。しかし、その窓から見える景色が世界のすべてではありません。

なぜ学習者は「スタンダード」を学ぶ必要があるのか

ここは非常に重要です。

「ネイティブ」と「スタンダード」が違うからといって、スタンダードを学ぶ意味が小さくなるわけではありません。

むしろ、学習者にとってスタンダードは重要な出発点です。

現実の英語には、地域差、世代差、社会集団による違い、フォーマルさの違い、個人差などがあります。

それらを英語学習の最初からすべて身につけることはできません。

そこでまず、広い範囲で理解されやすく、教育やコミュニケーションの共通基盤となる標準的な英語を学びます。

これは日本語学習でも同じです。

日本語学習者も、最初から全国の地域差や世代ごとの話し方を網羅するのではなく、まず広く通用する標準的な日本語を学びます。

スタンダードとは、現実の言葉とは別に存在する「教科書だけの言葉」ではありません。

多様で複雑な言語世界へ入っていくための、共通の足場と考えることができます。

「スタンダード」と「実際によく使われる言葉」は同じではない

ここで第三の視点が必要になります。

それが actual usage(実際の使用) です。

例えば、

「私は昨日、友人と映画を見に行きました。」

は標準的で正しい日本語です。

しかし、21歳のヒロシが親しい友人に昨日の出来事を話すなら、

「昨日、友達と映画見に行ったんだ。」

のように言うことがあります。

だからといって、

「日本人は『私は昨日、友人と映画を見に行きました』とは言わない」

とは言えません。

ここでは、

標準的な表現として成立しているか

と、

ある話者が、ある場面で実際にその表現を選ぶか

が別の問題になっています。

英語でも同じです。

ある表現がStandard Englishとして成立していても、現在の若者同士の日常会話では別の表現のほうが頻繁に選ばれる場合があります。

スタンダードそのものも時代とともに動く

さらに、標準的な言語も永遠に固定されたものではありません。

言語を使う人々が変われば、言葉も変化します。

以前は一般的だった表現の使用頻度が下がったり、新しい表現が広く定着したり、フォーマルさについての感覚が変わったりすることがあります。

そのため、

学習教材で示される標準的な言語

と、

現在の社会で実際に広く使われている言語

との間に、時間とともに距離が生じる場合があります。

ここで、

「学校で習った英語が間違っていた」

と、

「言語の使用実態が変化した」

を区別する必要があります。

昨日まで正しかった英語が、今日突然すべて間違いになるわけではありません。

むしろ、何がよく使われるか、どの場面で自然に感じられるかという中心が、少しずつ移動していくと考えるほうが適切です。

英語訳との構造比較:Standard・Native・Actual Usage

今回の問題は、三つの軸に分けると整理しやすくなります。

Standard
標準的な英語として成立しているか。

Native speaker
どのような母語話者について話しているのか。

Actual usage
現在、その地域・世代・人間関係・場面で実際にどのように使われているか。

この三つは重なる部分がありますが、同じものではありません。

例えば、ある表現が標準的な英語として正しくても、若者同士のくだけた会話ではあまり選ばれないことがあります。

その場合、

Native speakers don't say that.
「ネイティブはそんな言い方をしません。」

と説明するより、

It's correct, but it may sound a little formal in casual conversation.
「正しい表現ですが、日常的な会話では少しフォーマルに聞こえることがあります。」

と説明したほうが、「正しさ」と「実際の使用」を分けて理解できます。

近いが異なる英語表現との比較

英語表現を評価するときには、次のような言葉が使われます。

incorrect ―― 誤っている

uncommon ―― あまり一般的ではない

formal ―― フォーマルである

old-fashioned ―― 古風に感じられる

unnatural in this context ―― この文脈では不自然に感じられる

これらは同じではありません。

例えば、

This expression isn't wrong, but it's not very common in casual conversation.
「この表現は間違いではありませんが、日常的な会話ではあまり一般的ではありません。」

This phrase is still used, but it may sound old-fashioned to some speakers.
「この表現は現在も使われますが、話者によっては古風に感じられることがあります。」

という違いがあります。

「ネイティブは言わない」という一言だけでは、この違いが見えなくなってしまうことがあります。

文化的・社会的意味の翻訳:「自然な英語」は誰にとって自然なのか

英語学習で「自然な英語」を学ぶことには意味があります。

しかし、「自然」という言葉には本来、背景があります。

誰にとって自然なのか。
どの地域なのか。
どの世代なのか。
友人同士なのか、仕事なのか。
話し言葉なのか、書き言葉なのか。

その条件を取り除いてしまうと、「自然な英語」が、現実には存在しない「理想的なネイティブ」の英語になってしまうことがあります。

そのため、

Do native speakers say this?
「ネイティブはこれを言いますか?」

だけではなく、

Who would say this, to whom, and in what situation?
「誰が、誰に、どんな状況でこれを言いますか?」

と考えることが役立ちます。

「ネイティブは使わない」という情報を否定する必要はない

「ネイティブは使わない」と紹介する英語学習コンテンツそのものを否定する必要はありません。

学校で習った表現と現在の日常会話との違いを知ったり、より一般的な言い方を学んだりできるからです。

重要なのは、

「なぜ使われないのか」

まで見ることです。

本当に誤っているのか。現在では使用頻度が低いのか。少し古風なのか。フォーマルなのか。その場面には合わないのか。ある地域や世代では別の表現が好まれるのか。

ここが分かれば、新しい表現を学ぶことは、これまでの学習を否定することではなくなります。

スタンダードを学ぶことから始めていい

ここまで、「ネイティブ」「スタンダード」「実際の使用」は同じではないと見てきました。

しかし、この違いを知ることの結論は、

「だからスタンダードを学ぶ必要はない」

ではありません。

むしろ逆です。

学習者は、まずスタンダードを学ぶ必要があります。

スタンダードという共通の土台があるからこそ、そのあとで、

「友達同士ならもっとくだけた言い方をする」
「この表現は少しフォーマルに聞こえる」
「今の若い世代ではこちらをよく聞く」
「地域によって別の表現もある」

という違いを理解できるようになります。

スタンダードと実際の英語は、どちらか一方を選ぶものではありません。

スタンダードは、現実の多様な英語を理解していくための土台です。

そして、新しい「ネイティブらしい表現」を知るたびに、それまで覚えた英語を捨てる必要もありません。

本当に間違っているのであれば直す必要があります。

しかし、間違いではないのであれば、

「誰が、誰に、どんな場面で使うのか」

という情報を一つ加えてみる。

それまで一つしか知らなかった英語に、もう一つの表現と、もう一つの使い方が加わります。

英語学習とは、○だったものを×に書き換え続けることだけではありません。

まずスタンダードという足場に立ち、そこから実際に人々が使っているさまざまな英語を見ていく。

そう考えれば、「ネイティブは使わない」という言葉は、これまでの学習を否定する言葉ではなく、英語の世界をもう少し広く見るための入口にもなります。

「ネイティブ」と「スタンダード」を英語で説明する

“Native” and “standard” are not the same thing. “Native” describes a speaker's relationship with a language, while “standard” refers to forms of a language that are widely recognized and commonly used as a basis for education and broader communication. A native speaker's intuition can be extremely valuable, but one speaker does not represent every native speaker. Native speakers vary by region, generation, community, and situation. Standard language gives learners an important foundation, while actual usage shows how real people use that language in particular contexts. Learning the standard is not something learners need to move beyond or reject; it gives them a shared foundation from which they can understand variation. So instead of asking only, “Do native speakers say this?”, it is often more useful to ask, “Who says it, to whom, in what situation, and how does it sound?”

「ネイティブ」と「スタンダード」は同じものではありません。「ネイティブ」は話者と言語との関係を表し、「スタンダード」は教育や広い範囲でのコミュニケーションの基準として広く認められている言語形式を表します。一人の母語話者の感覚は非常に価値がありますが、一人の話者がすべての母語話者を代表するわけではありません。母語話者の言葉は、地域、世代、コミュニティ、場面などによって異なります。標準的な言語は学習者に重要な土台を与え、実際の用法は、現実の人々が特定の状況でその言語をどのように使っているかを示します。スタンダードは、いずれ捨てたり乗り越えたりするものではなく、さまざまな言語の違いを理解するための共通の土台になります。そのため、「ネイティブはこれを言うのか?」だけではなく、「誰が、誰に、どんな場面で使い、どのように聞こえるのか?」と考えることが役立ちます。

JLPTの目安レベル

N1相当(目安)

「ネイティブ」「スタンダード」という単語そのものは広く使われていますが、この記事では「母語話者」「標準的な言語」「実際の使用」「言語変化」「文脈」などの抽象的な概念を区別しながら考えています。そのため、記事全体の細かなニュアンスまで理解するにはN1程度が一つの目安になります。

※日本語能力試験(JLPT)では、出題語彙の公式リストは公開されていません。このレベル表示は、実際の試験問題や教材に基づいた目安として記載しています。

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