pickup
「お辞儀」は英語で bow?――同じ動きでも、同じ意味とは限らない

大学の廊下を歩いていたヒロシとエミリーは、向こうから歩いてきた教授とすれ違った。ヒロシは「こんにちは」と声をかけながら、自然に頭を下げる。教授も軽く頭を下げ、そのまま研究室のほうへ歩いていった。エミリーはその様子を何気なく見ていたが、数歩進んだところで足を緩めた。


エミリー:そういえばヒロシ、今みたいに頭を下げて挨拶するの、日本に来てから本当によく見る。

ヒロシ:お辞儀のこと?

エミリー:うん。私、アメリカでは挨拶でこうやって頭を下げたことないな。

ヒロシ:でもさ、英語にも bow って言葉あるじゃん。

エミリー:あるよ。

ヒロシ:じゃあ bow って、いつするの? どこで、誰にするの?

エミリー:……そう言われると面白いね。舞台で演奏や演技が終わった人がお客さんにすることもあるし、祈るときに bow your head って言うこともある。敬意を示す動作にも使うよ。

ヒロシ:じゃあ、今俺が先生にしたのも bow?

エミリー:動作を説明するなら、そう言えると思う。でも、私が bow って聞いて思い浮かべる場面と、ヒロシが「お辞儀」って聞いて思い浮かべる場面は、同じじゃない気がする。

そのとき、向こうからサッカーサークルで顔を知っている学生が歩いてきた。ヒロシは声をかけず、ほんの少し頭を下げる。相手も同じように頭を下げて通り過ぎた。

エミリー:今のも bow?

ヒロシ:いや……今のは会釈かな。

エミリー:さっきのお辞儀とは違うの?

ヒロシ:違う……と思う。会釈のほうが軽い。でも、言われてみると、俺も「ここから会釈」って考えてやってるわけじゃないな。

エミリー:英語なら、今みたいな軽い動きは a nod って表すこともありそう。

ヒロシ:じゃあ、お辞儀が bow で、会釈が nod?

エミリー:そんなにきれいには分かれないと思う。slight bow って言うこともできるし、nod だって挨拶以外にも使うから。

ヒロシ:そっか。動きは似てても、使う場面まで同じとは限らないのか。

エミリー:ねえ、じゃあ逆に考えてみない? ヒロシがアメリカに留学したとして、大学の廊下で教授とすれ違ったらどうする?

ヒロシ:たぶん「Hello」とか言いながら、普通に頭下げると思う。

エミリー:やっぱり下げるんだ。

ヒロシ:うん。先生だし……あれ? でも俺、なんで下げるんだろ。挨拶だから? 敬意? 癖?

エミリー:ヒロシ自身も、一つに決めてやってるわけじゃないのかもね。

ヒロシ:たぶん考えてない。先生と会ったら自然にそうなる。

エミリー:でも、そのアメリカの教授がヒロシのお辞儀をどう受け取るかは、私にも分からないよ。「敬意を示してくれた」と思うかもしれないし、「日本式の挨拶かな」と思うかもしれない。日本のことをよく知っている先生なら、すぐ分かるかもしれないし。

ヒロシ:俺の中ではただの自然な挨拶なのに、相手から見たら「どうして頭を下げたんだろう」ってなることもあるのか。

エミリー:あるかもしれないね。同じ動きが見えていても、そこから何を読むかまで同じとは限らないから。

ヒロシ:じゃあ bow って英語があるかどうかだけじゃないんだな。

エミリー:うん。言葉もあるし、その動作もある。でも「いつ、誰に、何を伝えるためにするか」まで同じとは限らない。

ヒロシ:日本人同士なら何となく通じてることでも、外国に持っていったら、自分が思ってたのと違う意味に見えることもあるってことか。

エミリー:逆もあるよ。私がアメリカにいたときと同じように振る舞っても、日本では私が意図していない意味に受け取られることがあるかもしれない。

ヒロシ:ああ、そっちもか。

エミリー:だから面白いんじゃない? 同じものを見ていても、そこから何を読み取っているかは、話してみないと分からないことがあるから。

ヒロシ:頭をちょっと下げただけなのにな。

エミリー:その「ちょっと」の中に、ヒロシには当たり前すぎて見えてなかったものがあるのかもね。

解説:「お辞儀」と「会釈」という言葉について

「お辞儀」は、頭や上体を下げて礼をする動作を表す言葉です。日本では挨拶だけでなく、感謝、謝罪、依頼などでもお辞儀が行われます。また一般的には、深く長いお辞儀ほど敬意が強く表れ、軽い頭の動きはよりくだけたものになります。Japan Guide

一方、「会釈」は、現代の辞書では「軽くあいさつや礼を交わすこと」、また、その挨拶や礼を示す所作とされています。「会釈してすれ違う」「会釈を返す」といった使い方がされます。コトバンク

ここで大切なのは、「お辞儀」と「会釈」を単純に身体の角度だけで理解しないことです。

たとえば廊下ですれ違った教授に頭を下げる場合と、顔見知りの学生に軽く頭を下げる場合では、身体の動きだけでなく、相手との関係や場面も異なります。しかし日本語母語話者がそのたびに、「この相手との関係なら、この意味のお辞儀をしよう」と言葉にして考えているとは限りません。

誰が、誰に対して、どんな場面で、何を伝えるために頭を下げるのか。

「お辞儀」や「会釈」を英語にしようとすると、普段は意識されにくいこの部分が見えてきます。

語構造の分析

「お辞儀」は「辞儀」に丁寧さを添える「お」が付いた形です。ただし、現代の「お辞儀」の意味を「辞」+「儀」という漢字一字ずつから推測して文化的意味まで導くのは適切ではありません。

「会釈」は、もともと仏教語の「和会通釈」の略とされています。これは、一見矛盾しているように見える教説を照らし合わせ、根本の意味が通るように解釈することを指しました。そこから、さまざまな事情を考慮すること、相手に心を配って応対することなどへ意味が広がり、現在では一般に「軽く挨拶や礼を交わすこと」を表します。浄土宗の辞典では、現在のような軽いお辞儀の意味で使われるようになったのは江戸時代ごろと説明されています。大谷大学

ただし、この語源から「だから日本人は相手への配慮を重視する」といった民族的・文化的性格まで直接導くことはできません。確認できる語の歴史と、そこから考えられる文化的解釈は分けて扱う必要があります。

英語訳との構造比較

「お辞儀」に最も直接的に対応する英語は bow です。

英語の bow も、頭や上体を前へ下げる動作を指し、挨拶や敬意を示す場面などで使われます。また bow your head という形では、祈りなどで頭を下げる動作も表せます。

したがって、

He bowed to the professor.
彼は教授にお辞儀をしました。

という対応そのものに問題があるわけではありません。

しかし、ここでヒロシがアメリカへ留学した場面を考えてみると、別の問題が見えてきます。

ヒロシはアメリカの教授と廊下ですれ違い、いつものように軽く頭を下げます。ヒロシにとっては、ごく自然な挨拶かもしれません。

ところが、その教授が何を読み取るかは、この一文だけでは分かりません。

敬意と受け取るかもしれません。日本式の挨拶だと理解するかもしれません。あるいは、その動作を特に意識しないかもしれません。

つまり、

身体の動作が同じであることと、その動作をする側と見る側が同じ意味を共有していることは別です。

ここに、「お辞儀=bow」だけでは見えにくい部分があります。

近いが異なる英語表現との比較

「会釈」を英語にする場合には nod も候補になります。

たとえば、

He gave me a quick nod as we passed each other.
彼はすれ違いざまに軽く会釈しました。

のように表現できます。

また、

She gave the professor a slight bow.
彼女は教授に軽くお辞儀をしました。

のように a slight bow とすることもできます。

ただし、

お辞儀=bow
会釈=nod

と一対一で固定することはできません。

日本語の「会釈」は軽く頭を下げる礼を指しますが、英語の nod には挨拶だけでなく、同意や合図などの用法もあります。また、日本で行われるお辞儀自体にも、軽い頭の動きから深いお辞儀まで幅があります。Japan Guide

そのため、英語では身体動作そのものだけでなく、その場面に応じて bow, slight bow, nod, give someone a nod などを使い分ける必要があります。

文化的・社会的意味の翻訳

「お辞儀」を英語にするときに興味深いのは、英語に bow という言葉がちゃんと存在することです。

つまり、「英語にはお辞儀という概念がないから訳せない」という話ではありません。

問題になるのは、その動作が置かれている場所です。

ヒロシが日本の大学で教授に頭を下げたとき、本人はそこに含まれる意味を一つ一つ説明できないかもしれません。それでも身体は自然に動きます。

しかし、その動作を別の文化的環境へ持っていったとき、相手が同じ意味を読み取る保証はありません。

そして、これは日本人側だけに起こることでもありません。

エミリーがアメリカではごく自然だと思っている言葉、距離の取り方、視線、表情、身振りなどを日本へ持ってきた場合、ヒロシがエミリーの意図とは違う意味を読み取ることもあり得ます。

したがって文化的な翻訳で必要なのは、「日本ではこうする」「アメリカではこうする」という規則を覚えることだけではありません。

自分にとって自然な言葉や行動が、相手にも同じ意味で見えているとは限らない。

その可能性に気づくことも、異なる文化の間でコミュニケーションをするときの大切な視点になります。

「お辞儀」と「会釈」を英語で説明する

Ojigi is usually translated as “bowing,” but the English word “bow” does not automatically carry every social meaning that an ojigi may have in a Japanese situation. Eshaku refers to a lighter greeting or gesture of courtesy and may be described in English as a slight bow or, depending on the movement and context, a nod. What matters is not only the physical movement but also who is doing it, to whom, in what situation, and what both people understand the gesture to mean. The same movement can cross a cultural boundary, while some of its meaning may not cross with it.

エミリーが英語で説明します

「お辞儀」は通常、英語では bowing と訳されます。しかし、英語の bow という言葉だけで、日本語の「お辞儀」がある場面で持っている社会的な意味まで自動的にすべて伝わるわけではありません。「会釈」は、より軽い挨拶や礼の所作を指し、英語では a slight bow、動作や文脈によっては a nod と表現できます。大切なのは身体の動きだけではなく、誰が、誰に、どのような場面でそれを行い、双方がその動作をどのような意味として理解しているかです。同じ身体動作が文化の境界を越えても、その意味のすべてが一緒に越えるとは限りません。

JLPTの目安レベル

「お辞儀」は、日本で生活していると比較的触れる機会の多い言葉であり、N3程度が一つの目安になります。

「会釈」は「お辞儀」より使用範囲が限られ、「えしゃく」という読みも漢字から推測しにくいため、N2程度を目安とします。

※日本語能力試験(JLPT)では、出題語彙の公式リストは公開されていません。このレベル表示は、実際の試験問題や教材に基づいた目安として記載しています。

おすすめの記事