
大学の中庭にあるベンチで、ヒロシはサッカーの練習後にエナジードリンクを飲みながらひと息ついていた。そこへエミリーがノートパソコンを持って現れる。彼女は卒業論文の日本語の表現についてヒロシに試すような眼差しを向けて話しかけた。
エミリー: ヒロシ、ちょっと面白い問題出していい?
ヒロシ: え、なに?いきなりクイズ?
エミリー: こんな文章を作ってみたの。「ヒロシは大学を卒業して総合商社に「つとめる」ことになった。そこではプラントの建設を行う仕事に「つとめる」予定です。ヒロシは世界と日本の橋渡しができることに、やりがいを感じ一生懸命「つとめて」いこうと考えている」——これ、何が面白いかわかる?
ヒロシ: うわ、なんか俺がすごいことになってる(笑)でも……ん?「つとめる」が何回も出てくる?
エミリー: そう!同じ「つとめる」が三回。でも、全部漢字が違うの、気づいた?
ヒロシ: あー、たしかに。意味も微妙に違うな……。えーと、最初の「総合商社につとめる」は……「勤める」?
エミリー: 正解。それは「会社に所属して働く」って意味ね。
ヒロシ: 次の「仕事につとめる」は……「務める」かな。役割を果たすって感じ?
エミリー: うん、まさにそれ。じゃあ最後の「一生懸命つとめていこう」は?
ヒロシ: 「努める」だよね。努力する、ってやつ。
エミリー: パーフェクト!ヒロシ、やっぱりネイティブだね。でもさ、ここからが本題。
ヒロシ: え、まだ続きあるの?
エミリー: この三つの「つとめる」、全部同じ日本語の音だけど、意味は違うよね?
ヒロシ: うん、それははっきり違うと思う。
エミリー: じゃあ英語にするとき、どうなると思う?
ヒロシ: うーん、「勤める」は“work for a company”。「務める」は“be responsible for”とか?で、「努める」は“make an effort”かな。
エミリー: そうそう。英語では全部違う動詞になるの。だから、翻訳のときは意味の違いをちゃんと意識しないと、ニュアンスが伝わらなくなる。
ヒロシ: なるほどなぁ。日本語だと音が同じだから、あんまり意識しないで使っちゃうけど、漢字で意味が変わるんだよな。
エミリー: そうなの。で、その意味をちゃんと捉えた上で訳さないと、ただの“work”じゃ通じない。
ヒロシ: たしかに。こういうの、英語にするってむずかしいけど、おもしろいな。
エミリー: でしょ?だから今日はヒロシにちょっと試してみたの。
ヒロシ: まんまと乗せられたな(笑)
エミリー: でも、いい反応だったよ。
解説:「つとめる」という言葉について
この会話では、エミリーが「つとめる」という同音異義語をヒロシに出題し、それぞれの意味や文脈による使い分け、そして英語に訳す際の違いに気づかせようとしています。ヒロシは最初こそ驚きながらも、意味の違いを感覚的に捉え、英語に訳す上での課題にも気づいていきます。
会話に登場した三つの「つとめる」は以下の通りです:
- 勤める(つとめる)
・意味:会社や団体などに所属して働くこと
・例文:「彼は大手商社に勤めています。」
・英語訳:work for a company / be employed at - 務める(つとめる)
・意味:役割や任務を果たすこと
・例文:「彼は式典の司会を務めました。」
・英語訳:serve as / be in charge of / fulfill a role - 努める(つとめる)
・意味:努力して物事に取り組むこと
・例文:「環境保護に努めています。」
・英語訳:make an effort to / strive to / endeavor to
語構造の分析
- 勤める:「勤」は「つとめる・つとめ」を意味し、「勤務」「通勤」などの語でも使われ、主に職場に通って働くことに関係します。
- 務める:「務」は「務まる・職務」を表し、「任務」「義務」など、役割や責務を果たす意味が強調されます。
- 努める:「努」は「努力」「努める」に使われ、意志や精神的な努力を示します。
英語訳との構造比較
英語では「つとめる」に対応する単語が文脈により異なります。このことはエミリーがヒロシに強調して伝えたポイントでもあります。
- “work for a company” は組織への所属・勤務関係を示し、「勤める」に該当。
- “serve as” や “carry out a role” は「務める」のような役割や任務に対応。
- “make an effort” や “strive to” は意志を込めて行動する「努める」に近いです。
ヒロシが会話中に自然に「雇用先」と「仕事内容」と「努力の方向性」の違いに気づいていた点は、ネイティブスピーカーとしての語感を活かした理解でした。
近いが異なる英語表現との比較
- 「勤める」を “work” だけで訳すと、「務める」や「努める」まで一律に処理されてしまい、責任の重さや内面的な努力のニュアンスが抜けてしまいます。
- 例えば “work hard” は「努める」に見えて「勤める」の努力にもなりうるため、何のための努力かを明確にすることが大切です。
- “be responsible for” と “make an effort to” は、似ていても焦点が「役割の遂行」と「努力そのもの」で異なります。
文化的・社会的意味の翻訳
日本語における「つとめる」は、単なる行動以上に「立場」「義務」「心構え」を含みます。たとえば「努める」は、結果以上に過程や気持ちのこもった努力が重要視される点で、日本語独自の文化感覚を持っています。
エミリーはその違いに着目し、「同じ音でも意味が違う→だから翻訳も別になる」という論理を、ヒロシとの会話を通じて自然に伝えました。
「つとめる」を英語で説明する
The Japanese verb tsutomeru has multiple meanings depending on the kanji used, even though they all sound the same. Broadly, it can mean:
(1) to work for a company or organization,
(2) to serve in a formal role or fulfill a duty, or
(3) to make an effort toward something.
Understanding the nuance behind each meaning is key to choosing the right English expression.
1. 勤める – to work for a company
This version of tsutomeru refers to being employed at a company, office, or organization. It focuses on where the person regularly works.
He started working for a major electronics company after graduation.
彼は卒業後、大手の電機メーカーに勤め始めました。
2. 務める – to serve in a role or duty
This form refers to someone performing a specific role or responsibility, often in formal or ceremonial contexts.
She served as the host of the official ceremony.
彼女は公式式典の司会を務めました。
3. 努める – to make an effort or strive
Here, tsutomeru means trying hard or doing one’s best to achieve a goal or make progress in something.
He is striving to improve communication between the departments.
彼は部署間のコミュニケーション改善に努めています。
JLPTの目安レベル
- 勤める(つとめる):N3〜N2レベル
日常的な文脈でもよく使われ、ビジネスシーンでも頻出する語です。 - 務める(つとめる):N2〜N1レベル
役割や公的な場面での使用が多く、少し形式的な表現のため上級者向けです。 - 努める(つとめる):N2レベル
文章やスピーチなどで多く見られ、抽象的な努力や姿勢を表現する際に使われます。
※日本語能力試験(JLPT)では、出題語彙の公式リストは公開されていません。このレベル表示は、実際の試験問題や教材に基づいた目安として記載しています。
最後に
日本語では、「つとめる」のような同音異義語を、私たちは無意識のうちに場面や文脈に応じて使い分けています。しかし、英語でそれを伝えようとする時、音や語形だけでは通じません。求められるのは、「自分が何をしているのか」「どんな立場で」「どんな意図で」行動しているのかを、一度立ち止まって見直す力です。