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英語教師は「片手間」ではできない?――エミリーが気づいた言葉の奥行き

大学のカフェで、エミリーは求人サイトを眺めながら、何度も同じページを行ったり来たりしていました。向かいではヒロシがアイスコーヒーを飲みながら、彼女が珍しく迷っている様子を眺めています。画面に並んでいるのは、英会話講師や英語塾講師のアルバイト募集でした。


エミリー:ヒロシ、ちょっと相談してもいい? 英語を教えるアルバイト、やってみようかなって思ってるの。

ヒロシ:英語の先生? いいじゃん。エミリー、日本語も話せるし。

エミリー:そう思ったんだけど、英会話だけじゃなくて、中学生とか高校生に学校の英語を教える仕事もあるみたい。

ヒロシ:ああ、受験英語まで入ってくると、結構大変かもよ。

エミリー:やっぱり違う?

ヒロシ:だって、エミリーが普段使ってる英語と、日本人が学校で習ってる英語って、同じ英語ではあるけど、見てるところが結構違うと思う。俺なんか現在完了とか関係代名詞とか、そういう名前でずっと勉強してきたし。

エミリー:確かに。私は英語を話すときに、「今、現在完了を使おう」なんて考えてないもの。

ヒロシ:それに、生徒は日本人だろ? 英語が分かるだけじゃなくて、日本人がどこで分からなくなるのかも分かったほうがいいんじゃない?

エミリー:それは私よりヒロシのほうが詳しいかもしれないね。

ヒロシ:つまずいた回数なら負けないからな(笑)。

エミリー:でも週に二、三回くらいなら、大学の勉強をしながらできるかなって思ったんだけど。

ヒロシ:うーん。やるなら、ちゃんと準備したほうがいいと思う。人に英語を教えるって、片手間にできるようなことじゃないだろ。

エミリー:「片手間」……聞いたことはあるけど、今の言い方、ちょっと気になる。

ヒロシ:え、そこ?

エミリー:うん。「片手間にできない」って、「難しい」ってこと?

ヒロシ:難しい……だけじゃないな。ちゃんと時間とか手間をかけないとできない、って感じかな。

エミリー:じゃあ、「片手間でできること」なら、簡単にできること?

ヒロシ:そうだな。「こんなの片手間でできるよ」とか言うし。そんなに本腰入れなくてもできる、みたいな。

エミリー:じゃあ、「簡単」と同じ?

ヒロシ:いや……同じでもないんだよな。「本業の片手間にやる」って言い方もするから。

エミリー:それはどういう意味?

ヒロシ:本業が別にあって、その合間に何かやるってこと。たとえば「会社員をしながら、片手間に商売を始めた」とか。

エミリー:あれ? じゃあ「簡単」じゃなくて、「何かの合間」ってこと?

ヒロシ:……そうなんだよ。なんで両方「片手間」なんだ?

エミリー:それに、「片手間」の中に「手間」があるよね。「手間をかける」の「手間」と同じ?

ヒロシ:あ……そうだな。片手間でできないって、「もっと手間をかけろ」みたいな感じもあるな。でも、それが言葉の成り立ちと関係あるのかは俺も知らない。

エミリー:少なくとも、「片手間でやる」と「ちゃんと手間をかける」は、反対側にあるように聞こえるね。

ヒロシ:確かに。「片手間でやるな」って言われても、「両手でやれ」って意味じゃないもんな(笑)。

エミリー:ふふ。両手を使っていても、片手間になることはあるんだね。

ヒロシ:そう考えると変な言葉だな。

エミリー:英語にするなら、場面によって言い方を変えたほうがよさそう。on the side なら本業とは別に何かをする感じは出せるけど、それだけで「簡単にできる」とか「十分に手間をかけていない」とまでは言わないから。

ヒロシ:じゃあ、俺がさっき言った「英語教師は片手間にできない」は?

エミリー:私なら、It's not something you can do casually. とか、It takes real preparation, time, and effort. みたいに言うかな。「片手間」という一語を探すより、ヒロシが何を心配していたのかを英語にしたほうが伝わると思う。

ヒロシ:俺が心配してたこと?

エミリー:うん。「英語が話せるから、空いている時間に簡単に教えられる」と私が考えていたら、それは違うんじゃないかってことでしょ?

ヒロシ:ああ。それだな。英語教師のバイトをするなって意味じゃないよ。やるなら、ちゃんとやったほうがいいってこと。

エミリー:うん。今回はもう少し考えてみる。英語を話せることと、日本人に英語を教えられることは、やっぱり同じじゃないから。

ヒロシ:そのうちやればいいじゃん。日本人が英語をどう見てるのか分かってきたら、エミリー、かなり強い先生になると思うよ。

エミリー:じゃあ、その勉強のためにも、もう少しヒロシに英語で困ってもらおうかな。

ヒロシ:俺の英語のつまずきを片手間に利用するなよ(笑)。

エミリー:今の「片手間」、ちょっと違わない?

ヒロシ:……早速先生みたいになってきたな(笑)。

解説:「片手間」という言葉について

「片手間(かたてま)」は、一般に本来の仕事の余暇や、本業の合間に別のことをすることを表す言葉です。『デジタル大辞泉』では「本来の仕事の余暇。また、本業の合間にほかのことをすること」と説明され、『精選版 日本国語大辞典』でも「本業の余暇。用事のあいま。また、そのあいまにする仕事」とされています。後者には1818年の用例も収録されています。

一方、「片手間仕事」には「本業の合間にする仕事」に加えて、そのような簡単な仕事という意味もあります。

ここが「片手間」の興味深いところです。

単に「空いている時間」を意味するだけなら、「余暇」「合間」でも表現できます。しかし実際には、

「本業の片手間に小説を書く」

のように、本業とは別の時間に行うことを表す場合もあれば、

「これは片手間でできる仕事ではない」

のように、十分な時間や労力を割かず、簡単に済ませられるようなものではないという評価を表す場合もあります。

つまり「片手間」は、「いつやるのか」という時間の問題だけではなく、文脈によってはその物事にどれほど本腰を入れて取り組んでいるのかという評価にもつながります。

語構造の分析

「片手間」は「片」+「手間」と見ることができます。

「片」には、一方だけという意味のほか、「わずかな・少ない」という意味を表す用法があり、辞書でもその例として「片時」「片手間」が挙げられています。

また、「片手」という語そのものにも、古くから「二つ以上のことを同時に行うこと」「一方」「かたわら」という意味が確認されています。

そのため、「片手間」を現代の感覚だけから単純に「片手+時間の間」と分解して、“片方の手だけでできるほど簡単だから生まれた言葉”と断定するのは慎重であるべきです

ただし、現代の話者にとって「手間をかける」と「片手間でやる」が対照的に感じられることはあります。

「手間をかける」と言えば、時間や労力を使って丁寧に取り組むことが連想されます。それに対して、

「片手間でできることではない」

と言えば、

「余った時間や労力だけで簡単に済ませられるものではない」

という意味になります。

ヒロシが会話の中で気づいたように、「片手間でやるな」は「両手を使え」という意味ではありません。

「もっときちんと時間や労力を向けて、そのことに取り組め」

という方向へ意味が広がっています。

「誰が・何に対して・どう感じているのか」

「片手間」を一語で訳しにくい理由は、この構造を見ると分かりやすくなります。

誰が――話し手が、
何に対して――ある仕事や活動への取り組み方に対して、
どう感じているのか――「本業の合間にする程度である」「十分に本腰を入れなくてもできるものとして扱われている」と捉えています。

そのため、「片手間」は必ずしも否定語ではありません。

「本業の片手間に始めた商売が、いつの間にか大きくなった」

という場合、始めたこと自体を非難しているわけではありません。

ただし、「副業として始めた」と比べると、少なくとも当初はそれを中心的な仕事として本格的に行っていたわけではないという感じが出やすくなります。

一方、

「医療は片手間でできる仕事ではない」

のような文では、かなり明確な評価があります。

ここでは「医療は難しい」と言っているだけではありません。

それだけの時間・労力・注意をきちんと向けるべき仕事である

という話し手の価値判断まで含まれています。

英語訳との構造比較

「片手間」に近い英語として、まず on the side があります。

たとえば、

She does some translation on the side.
「彼女は本業のかたわら、翻訳もしています。」

と表現できます。

和英辞典でも、「片手間仕事」に a job one does on the side、「片手間に」に in one's spare time などが示されています。

しかし、ここには重要な違いがあります。

on the side は、中心となる仕事とは別に何かをしているという構造を表すのには便利ですが、それだけで「その仕事を軽く考えている」「十分な手間をかけていない」という意味になるわけではありません。

したがって、

I teach English on the side.

なら、「本業とは別に英語も教えています」

という比較的中立的な意味で自然に使えます。ところが、

「英語を教えるのは片手間でできることではない」を、

You can't teach English on the side.

とそのまま置き換えると、意味がずれる可能性があります。「副業として英語を教えることはできない」と読めてしまうからです。

今回のヒロシが言いたいのは、副業であることを否定することではありません。

副業であっても、教える以上はきちんと準備し、時間と労力をかけて向き合う必要がある。

ということです。

そのため、

Teaching English isn't something you can do casually. It takes real preparation, time, and effort.
「英語を教えることは、片手間に気軽にできるようなものではありません。きちんとした準備と時間、労力が必要です。」

などと、意味を展開して表現するほうが自然です。

近いが異なる英語表現との比較

in one's spare time は「空いた時間に」という意味です。

I write short stories in my spare time.
「私は空いた時間に短編小説を書いています。」

これは基本的に中立的です。「真剣ではない」「簡単な活動だ」という評価までは含みません。そのため、「片手間」の時間的な側面は表せても、評価的な含みが必要な場面では足りません。

on the side は、本業とは別の活動であることを表すのに向いています。

He works as a designer and teaches on the side.
「彼はデザイナーとして働きながら、別に教師の仕事もしています。」

これも、それだけでは「いい加減に教えている」という意味にはなりません。

half-heartedly は「身が入らない様子で」「本気ではなく」という意味に近づきます。

しかし今度は逆に、「本業などの合間に行う」という片手間の構造が消えてしまいます。

また、casually も場面によっては「片手間で」のニュアンスを補えますが、これも常に対応するわけではありません。

つまり英語では、

副次的な活動なのか
空いた時間にするのか
十分な労力をかけていないのか
簡単にできると考えているのか

のどこを伝えたいのかによって、表現を選び直す必要があります。

文化的・社会的意味の翻訳

「片手間」を日本文化だけに存在する特殊な考え方と捉える必要はありません。英語にも、仕事への時間、努力、優先順位、commitment を表すさまざまな言い方があります。

興味深いのは、日本語では「片手間」という一つの言葉の中で、「本業の合間」と「十分に本腰を入れていない」という感覚が近づきやすいことです。

そのため英語にするときには、「片手間」という単語を探すより、

その人は何を中心にしているのか。
その活動にどれくらい時間や労力を向けているのか。
話し手は、その取り組み方をどう評価しているのか。

まで考える必要があります。

今回のヒロシの「英語教師は片手間にできない」も、その好例です。

ヒロシは「英語教師は副業にできない」と言っているのではありません。

英語を話せるというだけで、余った時間に簡単に教えられる仕事だと考えるべきではない。

そう感じて「片手間」という言葉を選んでいます。

「片手間」を英語で説明する

“Katate-ma” refers to doing something in the time or energy left over from one's main work or activity. Depending on the context, it can also suggest that the activity is being treated as something that does not require one's full time, effort, or commitment. This is why saying that something “cannot be done katate-ma” means more than simply saying that it is difficult. It suggests that the task deserves serious attention and cannot be handled casually with whatever time or effort happens to be left over. English expressions such as “on the side” or “in one's spare time” can describe part of this idea, but they do not always carry the same implication about the amount of effort or commitment involved.

「片手間」とは、主となる仕事や活動とは別に、その合間や余力を使って何かをすることを表します。文脈によっては、その活動に十分な時間・労力・本気を向けずに取り組んでいる、あるいはその程度でできるものとして扱っている、という含みを持つこともあります。そのため、「片手間ではできない」という表現は、単に「難しい」という意味ではありません。「余った時間や労力だけで気軽に済ませられるものではなく、きちんと向き合う必要がある」という意味まで含まれます。英語の on the sidein one's spare time はその一部を表せますが、時間や労力、本気度に対する同じ含みを常に持つわけではありません。

JLPTの目安レベル

N1程度が目安です。

「片手間」は日常会話でも使われる言葉ですが、「本業の合間」という基本的な意味だけでなく、「片手間ではできない」のように、取り組み方や仕事への評価を含んで使われる場合があります。そのため、文脈による語感まで理解するには比較的高い日本語力が必要と考えられます。

※日本語能力試験(JLPT)では、出題語彙の公式リストは公開されていません。このレベル表示は、実際の試験問題や教材に基づいた目安として記載しています。

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