
ある日、エミリーはホストファミリーの家で夕食を出された。でも、その料理はあまり口に合わなかった様子。お腹が空いていなかったこともあり、あまり手をつけなかったところ、ホストママが「遠慮しないで、どんどん食べてね」と声をかけてきた。エミリーはその「遠慮しないで」という言葉の意味がよくわからず、「さっき昼ごはんが遅かったから」とだけ返事をしてしまった。後日、そのことをヒロシに相談する。
エミリー: ねえヒロシ、この前ホストママの晩ごはんがちょっと…私の口に合わなくてさ。あんまり食べなかったら、「遠慮しないで」って言われて、なんて返せばいいかわかんなかったんだよね。
ヒロシ: あー、それあるあるだなー。「遠慮しないで」って、日本じゃよく言うけど、ちょっと意味がわかりにくいかも。
エミリー: 最初は「Don’t hesitate」ってことかな?って思ったけど…うーん、それってどっちかというと「恥ずかしがらないで」とか、「緊張しないで」って感じじゃない?
ヒロシ: うん、たしかにそれはちょっと違うかも。「遠慮」ってさ、ただのためらいじゃなくて、「相手に気を使って、自分の気持ちとか行動を控える」ってことなんだよね。
エミリー: ああ、それって… maybe “I didn’t want to impose”? なんか、自分のせいで相手に負担かけたくないっていう感じ?
ヒロシ: それ、めっちゃ近いと思う!でもさ、日本の「遠慮」ってもうちょっと広いんだよね。たとえば、ほんとは欲しいけど一回断るとか、「今もらったら自分ばっかり得しちゃうな…」って思ってやめるとか。
エミリー: うん、アメリカではそういうのあんまりないかも。言いたいことはちゃんと言いなさいって言われて育つし。
ヒロシ: そうだよね。でも日本では、自分を出しすぎると「図々しい」って思われることもあるし、だからちょっと引くのが“思いやり”ってされる。
エミリー: それってもう、英語に訳すっていうより、“文化”そのものだね。
ヒロシ: ほんとそれ!「遠慮」って、翻訳するよりも「どうしてそういう行動をとるか」って背景ごと理解するのが大事なんだよな。
解説
遠慮(えんりょ)は、相手に迷惑をかけないように、自分の行動や気持ちを控えめにすることを指します。日本では、場の空気を読み、相手の立場や気持ちを考えて、自分の欲望や意見をあえて表に出さないことが美徳とされています。また、「遠慮します」と言うことで、相手への敬意や配慮を示す意味も含まれています。
英語には「遠慮」にぴったり対応する単語はありませんが、状況によって以下のような表現が使えます。
I didn’t want to impose.
「迷惑をかけたくなかった」という意味で、遠慮して行動を控えたと説明する時に使えます。
例文:I didn’t stay too long at their house because I didn’t want to impose.
(長居すると悪いと思って、あまり長くいなかった)
I held back out of politeness.
礼儀として自分を抑えた、という意味で「遠慮」に近い行動を示します。
例文:I wanted to take another piece of cake, but I held back out of politeness.
(もう一つケーキを食べたかったけど、遠慮してやめておいた)
I'm trying to be polite.
丁寧にふるまおうとして自分を控える=遠慮しているというニュアンス。
例文:I didn’t say anything because I’m trying to be polite.
(空気を壊したくなかったから、何も言わなかった)
言葉と文化の考察
「Don’t hesitate」はよく「遠慮しないで」と訳されますが、実際には「恥ずかしがらずにどうぞ」「自信持ってやっていいよ」というニュアンスが強く、日本語の「遠慮」とは動機も背景も異なります。
日本の「遠慮」は、自分の内面の感情というよりも、他者との関係性の中で“どう見えるか”を重視した行動であり、場の調和や関係性のバランスを整えるための「ふるまい」です。
英語圏には「遠慮」にあたる感性が文化として根づいていないため、直訳しても行動や受け止め方が異なり、誤解を生むこともあります。翻訳とは、単語を置き換えることではなく、その言葉が生まれた文化ごと伝えること。遠慮はその代表例ともいえるでしょう。
「遠慮」を英語で説明する
"Enryo" is a Japanese cultural concept that refers to holding oneself back or refraining from action out of consideration for others, often to avoid imposing, standing out, or disrupting social harmony.
「遠慮」とは、日本の文化に根ざした考え方で、他人に迷惑をかけたり、場の調和を乱したりしないように、自分の行動や気持ちを控えめにすることを意味します。目立つことや、出しゃばることを避ける意識も含まれています。
この感覚は、単なる“我慢”や“ためらい”ではなく、「相手との関係を円滑に保つための行動」であり、日本人同士の間では非常に自然に共有されています。
「遠慮(えんりょ)」は日本語能力試験(JLPT)N3に該当します。
※日本語能力試験(JLPT)では、出題語彙の公式リストは公開されていません。このレベル表示は、実際の試験問題や教材に基づいた目安として記載しています。